書籍・雑誌

『落照の獄』を読んで

小野さんの新作が出た、とさる人が教えてくれた。09100123dsc00710

小野さんとは、小野不由美さんのことである。

十二国記シリーズ、屍鬼などで知られる。

新作はその十二国記の世界を描いた中篇。

さっそく掲載されている雑誌を買って目を通した。

主題は十二国記のこれまでの主題を引き継いだものでなく、

最近何かと話題の裁判物、それも死刑の是非に関するものだった。

舞台の柳という国では、もちろん裁判員制度はない。

物語では三人の役人が、ある罪人の刑罰を定めるのに

苦悶する過程が描かれる。

罪状は殺人。

しかも誰でもよかった、場当たり的な動機、悔悟の一片もなし、

というもの。

ではなぜ彼らが苦吟したか。

柳では永く死罪が行われてこなかった。

刑罰は犯罪を犯したものを罰するものではなく、

行いを改めさせるためであるという王の決断による。

時が経ち、賢王といわれた現王の治世に翳りが見え始める。

何故に拠るのか定かでないが、国政に熱意を失ったのだ。

そして時を同じく、国情が乱れ始める。

人心の乱れというやつである。

そんな中、いたいけな幼児を理不尽な殺害に及んだ犯人に

民衆はこぞって死刑を望む。

さて、国家の規律を預かるこの三人は、心中穏やかでない。

世の乱れを極刑による見せしめで、果たして抑えられるであろうか。

むしろ死刑の乱発を招き、かえって国政を見失わせるのではないか。

人々が死罪を望むのは、理解できない現実、受け入れがたいもの、

心の不安を、排除するため、臭いものに蓋をして、

一時の安逸を得ようとする無意識の逃避ではないのか。

犯罪は個人の行為であるが、どういう犯罪が起こるかは、

ある意味世相の反映であろう。

だから個人に責任がないとはもちろん言えないが、

個人の問題、ことに心の闇といったもの、

実は全体に繋がっている。

本人に改悛の意、あるやなしやと、とうとう罪人に会いに行った三人は、

その面前で、心ならずも判決を下す。

それを聞いて、男は高笑いを放つ。

あたかも自身が勝者であるか如く。

彼らはいったい何を失ったのか。

力作である。

お決まりの安定を結末に用意しなかった点で、

泰国の行く末を描かず途絶えてしまったままの、

その流れに沿った、とも言える。

俗悪なものを切り捨てることによって、

人々は却って、釜の蓋を開けてしまったのではないか。

予感は暗い。

道端に坐る仏陀が登場しない限り、この世界は救われない気がする。

仏陀ならば、このどうしようもない男を、或いは受け入れ、

弟子にさえ出来たかもしれない。

そうした答えを、小野さんは胸中に用意しているのかどうかは判らない。

本当にそういったものが機能するのか切望するあまり、

あえて過酷な状況に落とし込んでいるような感もあるのだが。

判ってはいるが、納得が出来ない。

そこにジレンマがある、と見た。

煩悶はまだ暫らく、続くことだろう。

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獣の奏者

上橋菜穂子さんの「獣の奏者」

上下巻で完結していたのだが、

この度なんと追加で2冊刊行された。

BSの週刊BOOKレヴューという番組で、

上橋さん自身が出演されて、著作の話しをされているのを見て

初めて知った。

なかなか上手い喋りをする。

司会の(名前を忘れた)女性の脚本家の人と意気投合、

話が盛り上がった。

“2巻でひとつの円で完結していた” と著者。

“最初の円の外側にもうひとつ大きな円ができあがった” と脚本家。

“そう、なんです。そう言っていただけると、すごく嬉しい” と著者。

                 *

さっそく読んでみた。

たいそう苦心されたそうだが、よく出来ている。

力作と言える。

謎を追って、ちょいとサスペンス調だ。

救われない救いの登場が、やや作りすぎたきらいがある。

優れているのは人物の描写だろう。

ことに夫のイアルと子のジェシ。

主人公のエリンよりむしろ、印象が強い。

プロットなしで書かれるとのことで、

はまったときには迫力があるけど、どうしても構成力不足なのが、

この著者の特徴。

国を描くのではなく、もっと個人とか、村とか、

小さな単位で括った方が、破綻を露出せずにすむと思う。

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心霊探偵 八雲

『心霊探偵 八雲』を読んでいる。

今さら、という主題なのだが、ま、ま、読める。

赤い瞳、なにやら因縁のある過去。

主人公の八雲をはじめ、人物設定が面白い。

ただちょっと思うのは、これは“霊”が描写されてない。

申し訳けないけれど、向こう側がないので、

全部こちら側の話になってる。

主人公である八雲を謎にして、その周りに一人称をあてている

設定のせいかもしれない。

なにはともあれ、ヒットしている割にはいま一つであるものの、

肩こらず、通勤中に読めると言う点で、優れている。

        *

先月の私の異動の内幕をすこし聞いた。

どうやら○○駅応援をさせるための措置だったようだ。

なんと! はふぅ。。。

今月あと2回でおさらばできると思っていたのだが、

甘いのか?

なにかある度に応援要請かかりそうだし、

今いるところもいつ異動になるかわからないし、

なんともはや、中途半端な、曖昧な居場所なのである。

我今、中有に在り。

まあ、私らしい立場ではある。

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読後感想など

「大正探偵怪奇譚」 (徳間デュアル文庫) 

今のところ三巻。

もともと劇作の脚本だったものをノベライズしたもの。

時は大正、帝都に潜む“あやかし”をめぐるストーリー。

あやかし自体を描いたものではなく、

やや中途半端な家族の絆を軸とする人情物。

わりと面白い。

原作は松田環という人。

劇団しゅうくりー夢(む)の座長さん。

作者は揚羽千景(あげはちかげ)というよくわからない人。

筆力はそこそこある。

構成上の難点としては、舞台背景を広げすぎたところ。

帝都破壊なんてお題目を唱える必要はなかった。

舞台版のDVDをしゅうくりー夢のHPから購入できる。

誰か買ったら見せて。

                        *

「人工憑霊蠱猫 渾沌(こんとん)王」 (講談社文庫)

作者は化野燐。

妖怪物の新機軸。

若干、夢枕獏調。

重みがない分、ざっと読めて手軽だが、何を描いているんだか

良く分からないという欠点は埋めがたい。

続き物なので、他の巻に描かれているのかもしれない。

分厚いから、当分持つかと思ったら、

あっという間に読み終えてしまった。

おのれ、字数が少ないに違いない。

京極堂先生をちと見習うべし。

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炎の蜃気楼(ミラージュ)最新刊

桑原水菜「炎の蜃気楼幕末編 獅子喰らう」

コアなファンによるネットでの評価はいまひとつのようだ。

そうかな。まだ完読していないけれど、十分面白い。

本編のじりじりするような直江と景虎の独白はないようだけれど、

より公平な、正常に近い視点がそこにはあって、

ある意味で私は作者の成長の姿を見た気がする。

上杉夜叉衆というより、幕末を描きたいという

作者の姿勢によるものかもしれない。

NHK大河ドラマでは景虎が死んでしまい、

ミラージュ経由の視聴率はどん引き状態になるかと思う。

実際芝居も、脚本も、なにやら学芸会もびっくりと言った仕上がりで、

久々にこの時間帯を楽しみにしていた私も、やや興味が遠のきつつある。

綺麗に描きすぎちゃいかんのである!

ああ、脱線。

水菜さん。

シュバルツ・ヘルツ シリーズは初期設定にやや無理を感じる。

怨霊ならぬ景虎に、、、いや直江に取り憑かれ、

未だに落としどころが見つからずに、彷徨っているようにも察せられる筆先が、

いずこに安住を見出すのか。

結論は見えているが、敢えて口にはすまい。

それが花というものであろう。

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前巷説百物語

まるで無関係なゴールデンウィーク、

なぜかブログはお休みに入ってしまった。

何かトピックを書こうとするとネタにつまるので、

これからは日々雑感をたらたらと書き綴っていこうかと思う。

え、今までもそうだった?

そうか。。。

ひととおり京極夏彦の著作を再読し終わったので、

まだ読んでいなかった、

「前巷説百物語」(さきのこうせつひゃくものがたり)

を、ようやく読んだ。

新刊で出始めの頃、ネットでの評判はあまり芳しいものではなかった。

そうかな。

前出の作との事実関係にやや齟齬をきたす部分があるけれど、

私には傑作に感ぜられた。

ゑんま屋のお甲を、もう少し書いてもよかった気もする。

又市が御行姿になってからのエピソードなど、09050621dsc00676

今後に展開を残している。

続編があることを期待したい。

             *

再読して判明したが、

なんと巷説シリーズと、京極堂シリーズがリンクしていた。

又市の仕掛けが、京極堂世界に影響を及ぼしていたのである。

ああ、驚いた。

まあ、又市は京極堂の先祖みたいなものだけれど。

まさか実際に登場人物が繋がるとは思っていなかった。

読んでいたのに、全く節穴であった。

                        *

saku saku の黒幕の正体が判明した。

ネットに出ていた。

tvkのプロデューサーの菊○宏樹というお方。

弟さんがギターリスト。

私よりひとつ下の同世代人。

や~、感性の合う訳だ。

だいぶ長寿番組になって、つらくもあるだろうが、

是非とも頑張って欲しい。

一年だけだが横浜の日吉に住んでいたことがある。

彼は現在綱島にご在住というから、

お隣さん。

ひょっとしたらすれ違っていたかもしれないなぁ。。。

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陰摩羅鬼の瑕

京極堂シリーズ第八弾「陰摩羅鬼の瑕」(おんもらきのきず)を読了した。

再読である。

前回読んだときは、あまりすっきりと納得できなかった。

今回は、よく判った。

シリーズ中、最も地味な事件かもしれない。

が、面白かった。

例の京極堂で繰り広げられる、お化け談義は最高だった。

関口先生の活躍(?)も嬉しい。

佳境の展開を読みつつ、イチローの決勝打を見ていた。

憑き物落としかぁ。。。

解体と再構築。

といいながら、レギュラー陣はほぼ皆崩壊している。

一見ばらばらなこの連中が、必殺仕事人宜しく、

見事な連携をなしている。

そろそろ新作を読みたいなぁ。

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手首の強化に

京極夏彦を読み返している。

ひさびさに見ると、ほんと、分厚い。

まるきり辞書。

当分読まないだろうと思い、押入れの

いちばんいちばん奥に仕舞ったものだから、

取り出だすために、手前の本たちをどさどさ重ね、

ああもう、収拾のつかない状態に。。。

“関口君、僕は魍魎は苦手なのだよ、”

などと、わけもなく言いたくなる。

やっぱり私は榎木津が楽しい。

手首を鍛えたいというあなた、

京極堂シリーズは、まさにうってつけです。

通常の長編の6冊分ありまっせ。

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茨文字の魔法

最近立て続けに翻訳が出る、パトリシア・A・マキリップの新刊。

「茨文字の魔法」

原作が2004年の出版だから、つい最近の作。

作風としては「影のオンブリア」や「オドの魔法学校」のような

幻想的印象派(?)路線。

悪くない。発想が面白いし、曖昧なようで、構図がしっかりしていて、

ネタが割れても、再読できる。

そういう魅力がある。

言外のストーリーが、今すぐ幾つも紡ぎだされそうな、奥行きがある。

とはいえ初期の名作、「イルスの竪琴」をしのぐことは、

ちょっとやさっとではありそうもない。

だからこそ、作風の変化を促したともいえる。

究極の選択を迫られたときに、

ほぼ100%の女性がとるであろうこの結末。

男性諸君には、ちと身につまされるものがあるであろう。

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守り人の行き着く先

更新をさぼっている間、いろいろと本を読んだ。

「天と地の守り人3」 上橋菜穂子

軽装版での完結編。

チャグム皇子と女用心棒バルサの終着。

現実的な積み重ね、説得力はいまひとつ。

しかしひとつの心象風景としてみれば、十分成り立っている。

児童向けというくびきが初めからなければ、

あるいはもっと、切れ込んだ印象を得られたのかもしれない。

とはいえグインは、ゲド戦記で、

そのお子様向けという制約の中で、

これ以上はないという精神性を表現せしめた。

、、、どこかぬるま湯なのだ。

これだけの優れた世界を創造しながら、

なにか物足りなさを感じる、この甘さ。

守りがあるのかもしれない。

シリーズ中、唯一といえるのは、「闇の守り人」

この作には、妥協がなかった。

失うことを恐れてはいけない。

どこに辿り着くかわからない暗闇の中で、

腹を括って立ち続けること。

私は創作はしないが、物語を紡ぎだすという作業は、

それほどに厳しいものだと思っている。

死は生の否定である。

それでは人生の終着は、破滅に他ならない。

本当にそうなのか。

この疑問にもう少し立ち向かって欲しかった。

善のみの存在も、悪のみの存在もあり得ない。

この世にヒーローなど、いるはずもない。

悪役ですら、正義の味方を気取ってみせる。

あまりに善意過ぎる。これでは悪意とほぼ違わない。

散々な言いようであるけれど、

読むに値するシリーズであることに変わりはない。

念のため、そう言い添えておきたい。

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エンディミオン

ダン・シモンズの「エンディミオン」「エンディミオンの覚醒」

計4冊を読み終えた。

途中なんだかターミネーターみたいで、

やっちゃったかな、と思っていたら、

後半はしっかりと、独自の視点を持っていた。

話の展開はわりと早い段階で推測できてしまう。

が、社会変革のアイデアは、なかなかに良い出来で、

幾分予言的でさえある。

ターミネーターとマトリックスを足したようなところは気になるけれど、

読んで損のない作品だ。

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ハイペリオン

さる人から勧められて

ダン・シモンズの「ハイペリオン」を読んだ。

すでにSFの古典としての評価を得ている作品とのこと。

続編含めて、文庫にして8冊もある長編。

「ハイペリオン」上下を読み終えてみて

長さは感じなかった。

つまり構成は上手い。

なにより発想が豊か。描写力もそつがない。

唯一ちょっと雑多かな、という気もするが、

おそらく後半になると、それらが一点に向けて集約されていくのだと

推測される。

ストーリーは、まあ、お時間のある方は読んでみてください。

ちなみに“ハイペリオン”はキーツの詩篇の題名。

作中にキーツのレプリカントも登場し、重要な役どころを果たしている。

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洋書のたたり

また性懲りもなく、洋書を買ってしまった。

だって、なかなか翻訳がでないんだもん。

この間、いちばん最近の翻訳を読んでいて、どうにも先を知りたくなった。

で、某ネット販売大手のサイトで検索したら、

シリーズ三巻とも、すべて在庫一冊。

みごとだ。

で、買ってしまったという次第。

訳文でも結構込み入った文章。

原文ももちろん、単語も半分くらい知らないし、

ほとんど判ったような、判らないような。

それでもめげずに、20ページほど読み進めていると、

これが不思議なもので、判らないのに判ってくる。

英語のつづりが、なんとなく身に付いてくる。

これを頭から辞書など引いていると、

経験上、たいてい5日ぐらいで挫折する。

部屋で読んでいると続かないので、たいていは風呂で読んでいる。

身体も脳細胞もふやけて、ちょうどいい具合なのかも。

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パワー 西のはての年代記Ⅲ

アーシュラ・K・ル・グインの「パワー」を読んだ。

ギフト、ヴォイスに続く、三部作の最終巻。

ある都市国家に奴隷としてさらわれてきた少年の物語。

この少年もまた、ギフトを持つ。

稀有な記憶力と、ある種の予知能力。

姉の理不尽な死に逃亡し、いろいろな土地を彷徨い、人々と触れ合い、

やがて生まれ故郷に辿り着き、本来の名を見つけたものの、

そこもまた安住の地とはならなかった。

過去からの恩讐の影を振り切り、そして最後に行き着いたのは、、、

作品の構成は最後の最後でちょっと安易だったかと思う。

でも途中の情景は素晴らしい。

殊に忘れがたい印象を残す人々がちりばめられていて、

グインの人を見る目、それを現す筆力にただただ脱帽した。

この人は本当に生まれながらの作家だと思う。

やはり彼女もまた、ギフトの持ち主なのだ。

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The Urth of The New Sun

ジーン・ウルフの「新しい太陽のウールス」(ハヤカワ文庫)を読んだ。

10年近く前に古本屋で見つけた“新しい太陽の書”4部作。

その続編であり完結編である。

SFというより幻想文学だろうか。

日本ではあまり名の知られていない名作。

永らく絶版だったのが、最近復刻され、併せて本作が初和訳された。

空間と時間が入り交ざり、慣れないと宇宙酔いを起こす。

死と再生がテーマだと思うが、

禍々しさと、神聖さと、卑小なものと、雄大なものとが

ないまぜになって、他にない独特の雰囲気がある。

すごく面白い、と思うごく少数の人がいる一方、

なんじゃこれと、まるきり波長の合わない多くの人がいそう。

私はもう既に何度も読み返している前4作を

もう一度読み返そうかと思っている。

ちなみに表紙は復刻前の天野喜孝さんのほうが好いかな。

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蒼路の旅人

どうでもいいような成分名の暗記作業から解放されて

やっと読書三昧な車中となった。

オーストラリアの作家ガース・ニクス。

「ライラエル」と「アブホーセン」を再々再読した勢いで

「セブンスタワー」全6巻を取り寄せた。

まあ、ちょっと、といったところ。

7色の塔とクリスタルをモチーフに

少年と少女の成長を描いたものだが、

ひねりがなくて、正直退屈。

(カラーパンクチャー的には、おお! なのだが)

それに比べて、「ライラエル」は良かった。

何が良いって、“不評の犬”が良い。

“不評の犬”って何? それはまあ、読んでみてのお楽しみ。

主婦の友社から文庫で出ています。

                *

上橋菜穂子さんの守り人シリーズの軽装版が新しく出た。

「蒼路の旅人」

“守り人”は女用心棒バルサが主役。

“旅人”は皇子チャグムが主役の物語と使い分けているそうだ。

だからこれはチャグムの話。

ひと言で言って力強い作品。

自身の立つ寄る辺を根底から揺さぶられ、再度逆境に陥ったチャグム。

それも自ら飛び込んだ窮地に、

ともすると彼の心は異界ナユグに惹かれていく。

“逃げるな”

敵側のスパイ、ヒュウゴは立場を越えて、

拉致誘拐したチャグムを叱咤する。

不可能とは知りながら、その不可能の領域を曖昧にする

チャグムの存在に、かすかな予感を、

無意識のうちに感じ取ったからだ。

故国を救うため、無謀な賭けに出るチャグム。

ラストシーンの光景は、戦慄すら覚える美しい描写で締めくくられている。

彼の旅立ちは、最終三部作「天と地の守り人」へと続いていく。

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伊坂幸太郎

人の勧めで、伊坂幸太郎という方の本を読んでみた。

「重力ピエロ」(新潮文庫)

いやぁ、面白かった。

ドックから帰ってきて、いっきに読んでしまった。

重い主題を、不思議に軽く、

日常の延長のように書き流す語り口に、非凡なものを感じる。

話の展開は、ちょうど2時間枠のサスペンス映画のような進み具合で、

映像作家なら誰もが食指をそそられる按配に仕上がっている。

これは才能だ。

近頃読む本がなくて困っていたけれど、久々にヒットした。

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天のろくろ

アーシュラ K ル グインの「天のろくろ」を読んだ。

絶版であったものが、復刊された。

アニメ「ゲド戦記」は残念な出来だったけど、

彼女の旧作を掘り起こすという貢献はあった。

さてこの作品、まるで萩尾望都を読んでいるよう。

見た夢が現実になってしまう青年の物語。

怪しい宇宙人も出現して、

読み終わりが、意外にほのぼのとしている。

作中、登場人物が、なんとかエフスキーという作家の

作品を読むシーンがあって、これは明らかにドストエフスキー。

ドストエフスキー好きと、トルストイ好きと分かれるらしいが、

作家としてはやはりトルストイの方が優れていると思う。

しかし読んだ後、“終わりに出来ない”凄みという点で、

ドストエフスキーには破格のものがある。

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カラマーゾフの兄弟

さて、「カラマーゾフの兄弟」の読後感想。

物語としての美的な完成度からすると、一部を除き、ほぼ零点。

ただ、ゾシマ長老の死後、08040413dsc00106_2

アリョーシャが夢の中で啓示を受けたエピソードは、

全編を通して際立っていると思う。

とすれば彼はこういう文章も書けたということになる。

明快な首尾一貫性というものの欠如は、

彼があまりに人間を描こうとしたからだし、

社会を、ロシアを、そして自らの理想を描こうとしたからだと思う。

3人のカラマーゾフは、取りも直さず3人のドストエフスキーだ。

読者は早い段階で、殺人の実行犯が誰か推測できる。

選択肢はさほど多くない。

にも関わらず、ほんとうのところ誰が殺したのかは、

なかなか見えてこない。

実行したものが真実、罪を負うべきものなのか。

当事者のなかで唯一無実といえるのはアリョーシャのみ。

(自らの罪を知るが故に)

ゾシマ長老の愛弟子。理想の体現者である。

後は皆加担者と言えないこともない。

起きた状況に対して、誰が責任を取るのか。

ゾシマ長老は最後の説法で言う。

私たちがそれを止めうる立場にあるとき、

私たちは為された結果に責任を負う。

罪びとに対して、その罪を留め得なかったことに対して、

私たちは自らの罪を知る。

意外と日常的に、

あいまいな状況下における責任の追及という事態は発生する。

父親殺しの中での3人のカラマーゾフたちは、

私たちのなかの3つの声でもある。

疑われる無実な自分。罪を知り怯える自分。そして理想的人格の自分。

この作品で不満があるとすると、

実行犯の扱いを影にしてしまったことだろうか。

そこに焦点はあまりなかったといえばそれまでだが、

もうちょっと踏み込んでもよかったかもしれない。

あと記憶に残るのは、ふたりの女性の扱い。

あまり触れられないところかもしれないけれど、

男性から見る女性の訳の分からなさ、

女性心理というものを見事に表現していると思う。

社会的地位(財力を含む)。精神的理想。そして女性。

男性はすべからく、この三つに揺れ動く。

あるいはこれも3人のカラマーゾフなのかもしれない。

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丕緒の鳥

yom yom という季刊雑誌に、小野不由美さんの

十二国記の新作短編が掲載された。

迂闊なことに、人から教えてもらうまで知らなかった。

「丕緒の鳥」(ひしょのとり)

丕緒とは官名で、王の戴冠式や冬至に

作り物の鵲(かささぎ)を飛ばして、それを射る、

射鵲(しゃしゃく)の儀を執り行う。

舞台の慶国は三代続けて短命の女王が王位に就き、

国は乱れ、民は貧困のうちに喘いでいた。

そして異国生まれの、どうにも期待のできそうにない女王の就任に、

かつて辣腕をふるった(伝説の)丕緒である主人公は、

深い溜め息をつく。

先王の時に、彼は相棒の陶工を理不尽なかたちで失っている。

国からすべての女性を追放するという暴挙な王命のために、

おそらくは抹殺されたに違いなかった。

鵲は民の象徴。それを射て壊れるさまを見るのは、

実は心無い王の一言が、いかな悲劇を生むかを

王に悟らせるためのものと、丕緒は読み解いた。

先王はその悲劇的な演出を嘆き、もう見たくないと言う。

そして彼は王に、儀式に意味を失う。

さて、新王登極の儀式のために、

派手な演出で覚えを得ようとする上司の命を受けたものの、

彼はやるせない思いの中、どうにも陶鵲の製作が手につかない。

思いは消息の知れない陶工、蕭蘭(しょうらん)とのやりとりに彷徨い、

そんな中、彼女の弟子だった青江の言葉から、

彼女がふと漏らした、彼女の望んだ陶鵲を作ろうと決意する。。。

結末で、彼は希望を得ることになる。

しかし、現実の書き手に、まだ灯りは見えていない。

新しい意匠を考案しようと机に向かい、

何もない空っぽな自己に愕然とする姿は、

どうにも著者の姿とかぶってしまう。

この暗くやるせない、おもおもしい影。

確か芥川の作品に、十返舎一九だったか誰だったか、

執筆中に訪れる恍惚と落胆を描いたものがあったと思うが、

かつて自らの意思を越えて動いたペン先(今なら指先か)が、

原稿用紙を前に、まるで呪縛に遭ったかのように、

なんのアクションも起こし得ないという現実を得た書き手の苦しみは

想像するに余りある。

小野さんがそこまでの状態にあるかどうか知らないが、

少なくともこの作品から感じられる重苦しさは、

のっぴきならぬ状態に直面した者のそれに感じられる。

この地点を抜けるのは、そう容易なことではないだろう。

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「ギフト」と「ヴォイス」

アーシュラ K.ル グインの新作が出ていた。

「ギフト」と「ヴォイス」

三部作の予定で、ちかぢか「パワー」が発売されるらしい。

「ギフト」というと、ケイト ブランシェット主演の映画が思い浮かぶ。

“ギフト=贈り物”の扱いは、似ている。

血筋で代々受け継がれるサイキックな能力をめぐる物語。

ギフトは担うものであり、務めであり、責任でもある。

「ギフト」の主人公オレックは“もどし”と呼ばれるギフトを持つ家系の後継者。

もどしとはつまり、

灰は灰に、塵は塵に、で、言い換えると

形あるものをそれ以前の姿にもどすこと、つまり破壊する能力のことだ。

彼はその能力を顕すことなく苦悩の日々にあった。

がある時突然暴走し始め、その荒ぶるギフトを恐れた父によって、

視力を封印されてしまう。もどしのギフトが視ることによって発現するからだ。

皮肉なことにオレックは、その能力を封じられているがために

敵対する者たちから恐れられる。

オレックの母は、ギフトを持たぬ民族の出身。

だが彼女には文才があり、小さい頃からオレックに物語を語り聞かせ、

また彼のためにそれらの物語を書き綴り、本にまとめたりした人。

さて、オレックの真のギフトとは何だったのか。

そもそもギフトの、もともとも在りようはどういうものだったのか。

幼馴染で動物と意思をかわすギフトの持ち主、

グライとの関係を絡めて、次第に明らかになっていく。

               *

「ヴォイス」もまた、底の深い、清冽な泉のような物語。

侵略者の圧制の中、虐げられた人々。

その解放の一部始終。

ここにもまた新たなるギフトの持ち主がいる。

メマー ガルヴァという少女。

不幸な出生を経て、母も失い、

不自由な境遇にある少女を語り手に据えながら、

しかしこの物語には希望が溢れている。

吟遊詩人として名を成し、諸国を旅しているオレックと

そのパートナーになったグレイ。

特にグレイの存在が大きい。

すべての人にとって理想のような女性、それがグレイかもしれない。

長くなったので詳細は触れないが、

「ヴォイス」はおそらくグインの代表作のひとつになるだろう。

70歳を越え、なお溢れ出る言の葉。

素晴らしいのひと言。

翻訳者もいい仕事をしている。

ゲドの清水さんも、この谷垣さんも、著者のグインに会いに行ったそうだ。

話を交わし、昼食をごちそうになり、直接著者に触れ合うことによって、

その精神を引き継いで来た感じがする。

グインこそ、まさに魔法使い、ギフトの持ち主に違いない。

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オドの魔法学校

知る人ぞ知る、アメリカ・ファンタジー界の重鎮のひとり、08021522dsc00673

パトリシア・A・マキリップの新訳が出た。

「オドの魔法学校」(創元推理文庫)

原著が2005年刊だから、わりと最近の作。

マキリップと言えば

「サイベルの呼び声」「イルスの竪琴 三部作」

1980年代にどーんと登場して、このまま一気に来るかと思ったら、

続くムーンフラッシュが不作で、そのせいか分からないが、

以後作品が紹介されることもなく、暫らく忘れられた存在だった。

それが一昨年、「影のオンブリア」の訳が刊行されて、

幻想的かつ原初的な力強さに満ちた世界観を再び甦らせて、

往年の彼女のファンをほっとさせたところ。

以前はプロットにこだわりすぎる感もあった。

少なくともオンブリアとオドに関する限り、

登場人物やその背景にうごめく原初的な力

それ自体が動く方向に、あまり余計な意思を加えずに

物語を紡いでいるように感じられる。

そのぶん隙も生まれるが、力強さは増した。

それと神秘さも。

「オドの魔法学校」はだから、作品としては若干起承転結に難があるけれど、

その印象度においては、非常に突出したものになっている。

それも脇役が素晴らしい。

魔術師の娘、ミストラル。王女スーリズ。

魔法学校の教師ヤール。その恋人で歴史学者のセタ。

そして伝説の女魔法使いオド。

彼女の学校の意味。

糸を使った魔法など、昔の読者を喜ばせる仕掛けもあって、

いろいろと楽しませてくれる、そして考えさせられる一冊。

すべての人が、ヴァローレンが受けた驚嘆を、畏敬の念を、

言葉すらまだない太古の存在の中に、見出して欲しいと思う。

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獣の奏者

Sudden Deathで死ななかった稽古の帰り、

アニメ化された「精霊の守り人」で広く知られるようになった

上橋菜穂子さんの本を買った。08012922dsc00663

「獣の奏者(そうじゃ)」上下

もののけ姫の変形のような作品。

もちろんテイストは違う。

獣と心を交わす、という本来微笑ましい情景が、

政治的な駆け引きのために悪夢と化す顛末と、

そんな運命に翻弄されながら、己が信念を貫き、

なにか大きな愛というものに到達しようとする少女の姿が描かれる。

ポリシーは素晴らしいのだが、作品的にはやや設定の甘さから、

深みがないというか、線が細いという気がする。

具体的に言うと、ネタばれになるので止めるが、

王国成立の背景をちょっと類型的にしすぎた。

人物設定もしかり。

とはいえ、素晴らしい情景も多々ある。

最後なども、二重の意味で空間の広がりを感じる。

(主人公は重症を負っていると推察されるにも係わらず)

個人的には、みなしごになって倒れていた少女を救い育てた、

元王立学院の主任教授でありながら、世捨て人として山に暮らす、

養蜂家のおじさんがいちばん気に入った。

話し半ばに心臓病でぽっくり死んでしまうなんて、

ちょっと上橋さん、あんまりです!

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街道てくてく旅

NHKのBSなどで放送されていた08012121dsc00659

「街道てくてく旅」が本とDVDになった。

DVDは月末の発売。

一緒に注文したのが、先に本を送ってきた。

私が買ったのは、勅使川原郁恵さんの中山道・甲州街道編。

朝めざましTVの後、何気にまわしたBSで、

よくこの人の笑顔を見て励まされた。

ご存知の方も多いと思うが、もとスピードスケート ショートトラックの

日本代表選手。

あんな忙しない競技にあって、よくまあと思えるような天真爛漫さ。

テレビ向きのキャラクターだと思うので、これからも活躍して欲しい。

このNHKの企画、実は初代の岩崎恭子さんの頃から、

たま~に目にしている。

彼女は非常に内省的で、見ていて励ましたくなる。

一方勅使川原さんには、こちらが元気を貰った。

これだけの輝きをもった人が、勝ち負けの世界にいるのはもったいない。

競技を引退して、これからが本番でしょう。

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あの頃はよかったなぁ

「炎の蜃気楼」 本編を読み終わって番外編に目を通す。

40巻の長丁場、高耶が高耶であり、直江が直江であった幸せな時間は

本当に短かった。

最初の2、3巻までだったろうか。

残りの大半は、苦しく希望の少ない歩みだった。

考えてみれば、男女間のノーマルな恋愛というのも、

ほぼ同じような経過を辿るような気がする。

出会いの頃の心くすぐる想いの掛け合い。

互いが互いを重ねるうちに、

やがてそれは執着という名の闘争へと変わる。

この底なし沼の終着を知る者はいるのだろうか。。。

番外編にはそんな「幸せ」だった頃のエピソードもあり、

その後の展開を知っているだけに、

なんともいえぬ、郷愁に似たやるせない気持ちと同時に、

どこかほのぼのとした思いが押し寄せる。

なぜこの頃のままにあれなかったのだろうか。

人が人を「知る」というのは、かくも壮絶な道を辿らずにはいられないのだろうか。

真に相手を慮るというのは、むしろ相手を手放すことではないか。

相手を諦め、自分を諦め、失うことを容認することではないのか。

愛とは状態であって、対象ではないのではないか。

      ******

話しは変わる。来月19日、「やさいのようせい」のDVDが発売になるそうだ。

私の中ではややブームが去ってしまったような気もするが、

とりあず予約をしておいた。

「炎ミラ」の毒があまりに強烈で、「やさい」がどこかへ飛んでいってしまった。

この強烈さは、まだ暫らく続きそうだ。

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炎の蜃気楼(ばい)

「炎の蜃気楼(ミラージュ)」本編40巻を読み終えた。

今はただ脱力している。

後半の主舞台となった伊勢神宮と石上神宮。

どういうわけか去年今年と訪れた場所。

あの頃はこの物語の存在も知らなかった。

偶然とはいえ、なにやら仕組まれていたような。。。

主人公は今を去ること400年前。上杉謙信の養子三郎景虎。

後継者争いで景勝に破れ怨霊と化したところを

死して軍神となった謙信に諭され、同じく4人の元家臣とともに、

戦国の世に散った怨霊怨将たちを調伏するため、

換生者としてこの世に復活する。

作中換生(かんしょう)とは転生とは違い、生前の霊体のまま生者にとりつき、

その霊魂を追い出しておのがものとしてしまう行為を指す。

30年前、復活した織田信長との戦いで相打ちし、

壊滅したかに思われた上杉4人衆(夜叉衆)、

うごめき出した闇戦国と共に

怨将武田信玄の墓の封印が解かれる事態が起こり、

その調査のため松本に訪れた、夜叉衆の生き残り直江信綱は

二十数年間の探索の果てにその生存を見つけられなかった景虎を、

地元のいち高校生仰木高耶の中に見い出すが、

なんと彼はすべての記憶を失っていた。

そこから物語りは始まる。

作者は桑原水菜。

中央大の史学科卒で、もし私が入学していたら後輩だったかもしれない人。

ここの広いキャンパスは魅力だったが、なにせ八王子の先(だったよな)。

遠くて通えないので断念した経緯がある。

さてテーマは重い。

人と人の関係性の極限、つまり愛と束縛。

誰と誰の?

景虎と直江なんですね、これが。

そして14年を費やし、40巻の果てに二人が辿り着いたところは、、、

ああ。

ネタばれになるので申しませんが、慈悲がない。

敵役の信長ですら浄化していったというのに。

桑原さんの中にはまだ、解決していないものがあるんだな、と思いました。

アニメにもなっていて、景虎を関俊彦さん、直江を速水奨さんが演じてます。

おも~い、おも~い本編とは別に、笑えるドラマCDもあって、

これが唯一の救い。堀内賢雄さん演じる高坂弾正も最高ののり。

近頃は大河ドラマで長尾景虎(後の謙信)をガクトが演じていて、

これもなかなかはまっている。前回「柿崎!」というセリフがあって、

思わずうめいてしまった。柿崎晴家は夜叉衆のひとり。

あの柿崎はその父だと思うけど、ああ、ねえさんが、、おっさんじゃと。

(晴家は女性に換生していて、高耶(景虎)からねえさん、と呼ばれている。)

なんか大河ドラマの裏四国というか、闇戦国というか、

そんな影響力をこの作品に感じる。

ガクトの配役は素晴らしい。NHKもなかなかやる。

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ヴァルデマール年代記

マーセデス・ラッキーのヴァルデマール年代記の新刊がでた。

エルスペスの三部作の最後を飾る作品だが、

う~ん、正直言って一番つまらない。

判り切っている結末に、敵役も中途半端。

ただ話の終わりをつけるために

書き連ねられているようで、どうにも。。。

やっぱり、タルマとケスリーのコンビが良かった。

何をゆうてるのか、さっぱりわからん?

創元推理文庫です。

剣と魔法のファンタジー。

誓いをたてしものタルマと、白い風の魔術師ケスリー(両方とも女性)の

一風変わった冒険活劇です。

市東亮子の「やじきた道中」にちょっと感じが似ている。

え、どっちもわからん?

もう、ええです。

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精進料理の本

精進料理の本を買おうと思って、07110114dsc00657

職場斜め向かいの本屋を覗いたが、

たわけたことに一冊も置いておりゃぬ。

仕方ないのでネットで検索して、良さげなのを2冊ばかり注文した。

そのうちの1冊が今日届いた。

「永平寺の精進料理」

前半は禅の作法から食の心得を解説。

食事を作る、頂く。

この中に宿る仏法を説いている。

後半は春夏秋冬など、テーマ別に献立を紹介。

写真入で簡潔。

なかなか役立ちそうな1冊だ。

写真やレイアウトも美しく、禅の無駄のない香りがする。

頼んだもう1冊は、高野山の精進料理。

こちらも楽しみ。

出来合いの料理に、いささか辟易しているので、

ここらでいっちょう料理でもしてみっか、ぼうず、、、

にならないよう、気をつけよう。

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たつみや章(甚だしい脱線付き)

たつみや章さんの新作を買った。07101823dsc00649

「イサナと不知火のきみ」

この人の作品は、児童書の分類だけれど、面白い。

若干神道系民俗学的な教義臭さはある。

月神シリーズ5部作は、その点を差し引いても珠玉の出来。

その人の新作がいつの間にやら出ていた。

去年の5月だ。

今度は少女が主人公。

綿津見(わだつみ)を祭る一族の若き巫女。

諸星大二郎の未完の作に海神(わだつみ)を扱ったものがあるが、

これはだいぶ血なまぐさい。

個人的には(血なまぐさいのは兎も角)諸星ワールドに

より共感を覚える。

しかし時には教義的な美しさに惹かれるということもある。

善は勝つ。正しいものが生き残る。

・・・この世は果たして間違っているのだろうか。

(ちょっと脱線)

毎日のように人が殺されている。

人が人を殺めるのは犯罪だ。

しかし自然の営みもまた、善悪の斟酌とは

まったく関係のないところで、多く人命を奪っている。

それらは果たして予定調和のうちだろうか。

もしそうなのだとしたら、人が人を傷つけるのも、

また自然の一部、予定調和なのだろうか。

神の声を聞くというのは、自然の方向性を知る、ということなのかもしれない。

自然の方向に逆らわなければ、徒に大量の命を失うこともなかろう。

目先の利害のために、自らの首を絞めるような環境破壊を起こすこともないし、

内に眠る感覚を研ぎ澄ませば、自然災害すら、

予知できうるような気さえする。

もし世の中が間違っているとしたら、

それは私達のありようが、ちょっと方向性を見失っている、

ということなのかもしれない。

自然が人の命を刈るのは、犯罪ではない。

一方、人が人を殺めるのは、自然現象だろうか?

殺めずに済むのであれば、そんなことはしないほうが100%良い。

自らの命の重さを知ること、それが殺人に示される教義なのかもしれない。

カインは果たしてどんな答えを得たのだろう。

(小野不由美さんは「屍鬼」のなかで、どういう結論に達したのだろう)

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恋と愛

何も読むものがないので、

シャロン・シンの「魔法使いとリリス」をまたまたまた、読んだ。

翻訳者の腕がかなり良いと思う。

ちゃんと日本語になっている。

(つまり日本語になっていない訳本があまりに多い!)

人に変えられた柳の木と、若い魔術師の恋の物語である。

恋は束縛である。愛は自由である。

魔術師オーブリイが、彼女を自分の下に置くことを諦め、

師匠を倒した後、彼女を元の柳に還した時、

彼の恋は、愛を帯びる。

恋は呪縛。しかし愛には限りない自由がある。

こういう物語はちょっといいな、と思う。

残念ながらシャロン・シンの翻訳は、この一書のみ。

で、原書を三冊購入したが、最初の10ページで、

長らく挫折している。

どこへ仕舞い込んだか忘れてしまった。

今度の休みに探すとしようか。

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悪役の勧め

nifty動画で6話まで無料だった、ラーゼフォンとかいうアニメ。

6話まで見ると、余程詰まらない限り、続きを知りたいくなるのが人の習い。

つまりまんまと乗せられて、料金を払って最終話までいってしまった。

これはっきり言って、エヴァンゲリオンのパクリ。

めちゃくちゃパクッているのだけれど、内容がないのか、というとそうでもない。

エヴァ的な世界観を、より汎用的にしたい、という意図もあるのかもしれない。

とっつきやすさはある。半面、切れ味はない。

それにしても、いくらパクリとはいえ、

最終話の尻切れトンボ的結末まで真似なくてもいいのにねぇ。

後継作のエウレカセブンも、あまりな終わり方だったことを思い出した。

    ******

久々に、井上祐美子さんの作品を読んだ。(テレビ脚本家の方ではない)

「臨安水滸伝」(中公文庫)

題名から判るように、中国歴史物。

相変わらず同じようなものを書いているなぁ、という印象。

侠客劇、といえばいいのかな。痛快時代劇調。

語り口も軽快だし、プロットも悪くないのだが、

もひとつ深みが足りないのかもしれない。

正義の味方に頼りすぎているせいだろうか。

近頃の私は、悪役や脇役が結構気になる。

ラーゼフォンでも、一色という情けない役どころを、

あの関俊彦さんが演じていて、本編よりそちらのほうが気になった。

一般的な物語は、本来ある両面性を別々の人物に分けて表現するので、

主役(正義の味方)はどうにも薄っぺらくていけない。

むしろ作者の理想を逃れた敵役の方に、より人間味が顕れている場合が多い。

きれいは、みにくい。みにくいは、きれい。

どこで聞いたせりふだっただろう。

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古王国記②

ガース・ニクスの古王国記Ⅱ「ライラエル」、Ⅲ「アブホーセン」を読んだ。

在庫がなくて、Ⅲを先に読んだのだが、いささかがっかりしていた所、

昨日Ⅱを買って読んだら、これはちょっと良かった。

一族の中でただ1人、適齢期になってもその能力が目覚めない、

ライラエルという少女の物語。

太古からの秘密を秘めた大図書館。

そして予期せぬ精霊を宿した魔法の犬。

心の底に深い疎外感と孤独を漂わせた彼女は、

実は先視(さきみ)の能力を司る一族が、

千年も前にその出現を予期した存在だったのだ。

対決の形が善と悪という、お定まりの二元論であるところに、

カエサルの嘆きを覚えるものの、

ライラエルは作中唯一、光を放っている。

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サブリエルというのは主人公の名前です

ガース・ニクスというオーストラリアの作家の

古王国記Ⅰ「サブリエル 冥界の扉」を読んだ。

冥界を出たり入ったり、それを操る白と黒魔導師の闘い、という感じ。

まあダークファンタジーという分野か。

ゲド戦記のモチーフをちょっと拝借した感もある。

感想は、そう、ちょっと物足りない。

面白い要素もあるのだけれど、いまいち語り口が下手なのと、

あと少しエッセンスがないかな。

と言いつつも、続巻を読むのだろうけれど、

この感覚は最後まで消えないかもしれない。

出版元が主婦の友社で、単行本と文庫とある。

文庫も上下巻に別れて薄いくせに、743円(税込み)と、

やや高い。

買って読むより、誰かから借りて読む方が良いでしょうね。

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夢の守り人

上橋菜穂子さんの「夢の守り人」を読んだ。

まだ文庫にはなっていない。

偕成社の軽装版。

著者はアボリジニの研究などをしている文化人類学者。

この作品はその経歴が特に反映されているように感じた。

しかしだいぶ小難しい内容で、ちょっと児童向けというには余りある。

文章は平明なのだけれど。

児童版には挿絵が入っている。

ちょっとアイヌ衣装のような感じ。

今はスタジオ・ジブリで働いている人が描いている。

そういえば、この守り人シリーズは、なんとなくナウシカの世界を連想させる。

主人公の女用心棒バルサは31才あたりだろう。

おそらく著者がシリーズを始めた年齢に当たるのではないだろうか。

いわゆるさすらい人の彼女が、いったいどこに心の平安を見出すのか、

答えはもう出ているような気もするが、そこへ至る過程が楽しみだ。

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闇の守り人

「精霊の守り人」の原作本の第二巻、

「闇の守り人」を読んだ。

「精霊の」はちと物足りなかった。

がこちらは、なかなか味わい深い一作だった。

女用心棒バルサが故郷に帰る話しである。

闇とは洞窟のことであるが、

同時に心の闇を描いているように思われる。

漆黒の闇の底に現れたものとは、いったい何か。。。

興味のある方は是非ご一読を。

新潮文庫、今月の新刊です。

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チェーザレ 巻ノ三

惣領冬実さんの「チェーザレ」第三巻が発売になっている。

ちょっと前の夕刊に、コミックの売上ランキングが載っていた。

十傑に入っていたから、結構な人数が読んでいることになる。

当時の建築様式など、かなり時代考証を苦心して、絵作りをしているようだ。

読み応え満点の当作品だが、人物設定にやや難があるように思える。

ちょっと類型的すぎるのだ。

若くして天才、才知を巡らして、権謀術数の道を歩まんとする主人公。

その敵役、その取り巻き、そして余りに無垢なアンジェロ。

唯一バランスのあるのは、チェーザレの側近のミゲルくらいだろうか。

歴史の枠から描いてしまうと、こういう固まった人物像になりやすいように思える。

むしろ後世の評価を反転したような視点を持って描いた方が面白い。

おそらく作者が描きたいのは、もう少し先の展開なのではないか。

そこに至るためのプロローグが今の処なのだろう。

いずれにせよこうした作品にありがちな紋切り型にならないことを祈りつつ、

次巻の発売を楽しみにしたい。

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彼か彼女か

ジーン・ウルフの「新しい太陽の書」4部作を読み終わった。

未訳の続編があるらしいが、日本語でもよく判らない文章だから、

それが訳のせいであるのでないならば、

原文ではなおさら訳がわからない、ということになる。

主人公セヴェリアンの中には、セクラという女性が生きている。

アルザボとかいう猿に似た動物から取れる麻薬のようなものと、

死者の肉を体内に取り入れたため、故人の人格が甦った、という設定。

彼はまたかつて調停者と呼ばれた聖人の遺物、鉤爪を用いて、

病気を癒したり、あろうことか死者を甦らせるといった奇跡を起こす。

(作者はある意味もう1人のキリストを生み出そうとしたかったのかもしれない)

私が思うところでは、人はすべて、その内にセクラを抱えている。

男性には内なる女性が、女性には内なる男性が存在している。

外の世界で男女が出会うように、内の世界でも男女は出会う。

この二つの人格が統合されないと、人は内側に分裂を抱えることになる。

実際のところ私達はほぼ分断されている。

何故なら自身が元となった環境、すなわち家庭において、

おおむね凡ての男女が、分裂した関係性を築いているからである。

言い換えれば、父親と母親が諍いの中にあるからだ。

一見仲睦まじい夫婦の間にも、ちょっと意識の下に入ってみれば、

愛憎まみれた戦いの渦中にあるのが実情だ。

だいたい統合された2人の間に、結婚は生じない。

生が始まらなければ死が訪れないように、

結婚は諍いの、不統合の証しにほかならない。

人は本来、中性なのだと私は考えている。

グインの名作「闇の左手」に出てくる惑星「冬」の人々のように、

季節によって性別が変わるという状況は、

それほど奇異な発想ではないのかもしれない。

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ジーン・ウルフ

ジーン・ウルフの新しい太陽の書(全四巻)を読んでいる。

これも昔、大久保の古本屋でまとめて買ったもの。

知る人ぞ知る、SFファンタジーの名作らしい。

20年以上前の作品で、文字がびっしり詰まっている、

昔風の文庫の作り。消費税導入前だ。

非常に幻想的な作風で、独特な世界観がある。

若干不条理なところもある。

カフカがSFを書いたらこんな感じになるのかな、とふと思った。

そういえば、彼の最高傑作(と私は思う)「城」と

ちょっと雰囲気が似ている。

最近第四刷が出たというが、部数が少ないのか、

再び入手困難にあるようだ。(特に第1巻)

私が買ったのは7年前くらいだが、まっとうな古書価格だった。

それがAmazonで見ると、2000円くらいになっている。

あな、おそろしや。

そういえば、悪霊シリーズもとうとう復刊されなかったなぁ。

グインの作品も多くは絶版状態だし、

日本の出版業界は、なんかいまいちだね。

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ぐうたら

なんじゃあ、近頃更新が不規則!

すみません。

ただ日々の日記を綴っても面白くないだろうし、

さりとて毎日記事になるような出来事もないので、まあこんな感じです。

    ***********

最近の定番は本の感想。感想といっても、ピンポイントな印象のみだから

あまり参考にはならない。

宮部みゆきの「ぐうたら」(新潮文庫 上・下)

私のためにあるような題名だが、主人公の同心(江戸時代の警官です)は、

それほどぐうたらはしていない。

ただ出世欲がないので、

あまりがつがつ仕事をしていない、というくらい。

ここいらへんから彼女の作品に変化があるような気がする。

わりと大団円ふうに終わるのが、それまでだったのに、

一見ばらばらに終わってしまうというか、収束していないというか。

後味はあまりすっきりしていない。

ちょっと胸につかえたまま、時間が流れていってしまう、という感じになる。

よりリアリティはあるのかもしれない。

凡ての現象に関連性があるわけないから、

ばらばらに薄れて行ってしまって、当然なのだ、現実は。

事柄だけでなく、登場人物たちも、さほど噛み合わない。

人は人それぞれの思惑で生きているから、

これもそういうものだろうという気がする。

う~ん、さすがうまいねぇ、という読後の印象から、

すこしつかえたような、消化不良な心持ちへの変化は、

そのまま作者の内面の変化とも受け取れる。

より現実な流れは、しかし作風的には崩壊へのプロローグになりかねない。

「あかんべえ」を読んだ限りでは、どうもそんな予感がするのだが。。。

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あかんべえ②

「あかんべえ」下巻を読んだ。

途中少し中弛みした感じがしたが、

最期の仕掛けには驚いた。

もちろんここでは言いません。

読んでご確認ください。

「仏様はどこにでもいる。ここにも、あそこにも。いなかったのはお父のほうだ」

そうですな、その通り。

解かれなかったひとつの謎は、まあ良しといたしましょう。

ある意味境界のきわどい作品かもしれません。

一線を越えてしまうと物語としては面白くなくなってしまう。

語り部、宮部みゆきさんには、まだまだ此岸に留まっていただなくてはなりません。

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あかんべえ

宮部みゆきの「あかんべえ」(新潮文庫)

買ってから暫くお蔵入りしていたのを読んでみた。

とりあえず上巻まで。

流石に語り口がうまい。

この人は特に江戸ものがいい。

リアリティーとしてあまり知りようのない時代なのに、

なんか江戸のエッセンスを味わっているような感じになる。

そう、江戸情緒というやつだ。

物語はお化けもの。

三途の川を渡り損ねた女の子が、

霊界からののぞき窓に湛えられてた水をなめてしまい、

見えてしまう体質になって、、、

ある事件の、因縁を探り当てるらしい。

これから下巻に取り掛かる。

しかしまあ、京極堂と違って、なんというスリムなお体。

手首が軽い。かばんも軽い。ポケットにも入るでよう。

おすすめです。

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邪魅の雫

「邪魅の雫」読了。

今までの京極堂シリーズとは趣きをやや異にした作品。

だいたい関口氏が頑張っている!

仕掛けは小さい。小さいが、それぞれが歯車のように噛み合って、

一見大きなからくりに仕上がっている。

そして今回は榎木津が笑わない。

神の霍乱だ。

文庫にはまだなっていないので、新書版で読んだ。

新書でこの分量。文庫にしたら、、、どーなることやら。

   *********

昨日お葬式帰りに、妙に「天空の城ラピュタ」が見たくなって、

新星堂でDVDを買った。

宮崎アニメは本当に素晴らしい。素晴らしいのだが、ひとつ注文がある。

声優だ。なぜか彼は素人や、俳優を多く用いる。

専門の声優さんにはあまりいい役が回ってこない。

(ラピュタはそうではないが)ことに主役が!

いま「ゲド戦記」の予約をしているが、原作者から酷評されてしまったこの作品。

私も思い入れがあるだけに、不作ならば三倍にがっくしくるだろう。

買うか買わないか、直前になってみなければわからない。

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陰摩羅鬼の瑕

「陰摩羅鬼(おんもらき)の瑕(きず)」を読了。

前巻で余りに関口をいぢめ過ぎたと、さすがに著者も思ったのか、

今回は随分と活躍だ。彼の短編も特別収録されている。

もちろんさっぱりわけのわからぬ作風ではある。

今回はネタが露呈している。

まあ関口氏ですら分かってしまったくらいなのだから、

読者が気づくのは当然と、著者は見ているかもしれない。

仕掛けは判りやすいが、この作品には美学がある。

思うに、犯人が判っていても再読できる推理ものはまれだ。

よっぽどの厚味がないと、そういう現象は起きない。

厚味というのはもちろん、本の厚味ではない。

物語の厚味である。

京極氏の作品はしかし、本の厚味も相当なものである。

ほとんど辞書。

このところ氏の作品を読み続けたせいか、目がだいぶ疲労している。

少し休まねばならない。といいつつ、買ってしまうんだろうな。。。

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塗仏の宴

「塗仏の宴」支度と始末、読了。

すごい大作です。構造も分量も。

ありえないことを、さもありえるようにつくる、という点でも、

見事なジオラマをなしているように感じました。

しかし今回の憑き物落としは、いまひとつ言葉の蠱(まじ)がなかったので、

その面からは物足らないと云えなくもない。

それにしても関口さんは、ひとり気の毒な役でした。

著者も彼に対しては全く遠慮のかけらもなく、

猿だのウジ虫だの、散々な云いよう。

判官贔屓ではないが、少し彼が活躍するような展開はないものだろうか。

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不可侵なるもの

デイヴィッド・エディングスのタムール記④「暗黒の魔術師」を読んだ。

文字数の多い京極ものから比べると、なんという読みやすさ!

魅力溢れる人物を創出することにかけては天才級のエディングス。

女神アフラエルも素晴らしいが、デルフィ族のザネティアの神々しさに惹きつけられた。

ふざけた語り調の中に、意外と真面目な倫理を織り込む作者の手法。

民族間のいわれなき闘争、差別。弱者蔑視。

アメリカならではのそうした観点が、それとなくちりばめられている。

だからセフレーニアとザネティアの和解は、ぎこちない表現ながら、

この巻のメインテーマだと思う。

一方で女神やら巫女といった存在に、

どうしても惹かれずにはいられない男どもの心理を

揶揄する一冊でもある。

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絡新婦(じょろうぐも)の罠

「絡新婦の理」読了。

文庫版で1400ページ近くあり、さすがに持ち運びに難渋した。

良く出来ている、が、犯人・蜘蛛の動機がいまひとつ分からない。

ここまでの仕掛けをこしらえた理由がぴんとこない。

たぶん本書は蜘蛛の巣になぞらえた仕掛け、理(ことわり)という発想がまずあって、

そこに事件、登場人物を当てはめていったのであろう。

その理が、やや枷となって、動きが重い。

でもまあ、良く出来ている。初めと終わりのからくりも。

このシリーズでは多く体制が崩壊する。

家族、病院、寺院などなど。

かりそめの歪んだ絆が、京極堂の登場と共に暴かれ晒されて、

憑き物とともに瓦解する。

あやうい日常を支えるこの歪みというか、ゆらぎが、

本シリーズの醍醐味なのであろう。

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アーシュラ・K・ル・グィン

さて、仕事の話は面白くないので、本の話。

ゲド戦記が、宮崎Jrによるアニメ化で06101423dsc00408

わりと世間に知られるようになった

アーシュラ・K・ル・グィン。

SF界の巨匠だが

その非常に思索的な作品は、

ほとんど哲学と言えるほど。

そんな彼女の初の長編は

二年前にハヤカワから復刊された

「ロカノンの世界」

どうやらグィンのファンであるらしい

萩尾望都さんが表紙のイラストを描いている。

サファイアの首飾りをめぐる短編をプロローグとして

長篇化したもの。

名作「闇の左手」にも劣らない内容だと思う。

というか、この後のどの作品も、

基調はここにあるような感じがする。

処女作にすべてがある、とよく言うが、

確かにその通り。

彼女の作品も結構絶版が多い。

最近本屋へ行っても、読みたい本がなくて困っている。

埋もれた名作の復刻を望みたい。

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アン・ライス②

アン・ライスの魔女の刻シリーズ計6冊を再読した。

最初に読んでから10年が経過している。

なにが驚いたと言って、これが一番驚いた。

そしてラストシーンをすっかり忘れていた。

これはまあ、最近ぼけ始めているので、

とりあえず、あり、かなと。。。

物語の出来としては、後半甘さが残るけど、

アン・ライスの特徴である、登場人物の輝きが、

全編を通して余りあるため、

忘れがたい作品にしている。

(エンディング忘れたけど)

出版は徳間書店(文庫)

カラパンのセミナーで訪れた、

東急東横線の都立大学駅の書店で買った。

今でも注文すれば手に入るだろう。

アン・ライスは日本ではあまりメジャーでない。

吸血鬼とか精霊とか、魔女とか、

超自然的なテーマが多い。

しかし主題は人にある。

けちな世間の規範にとらわれない、

悪徳すら美徳に変えてしまうような

豊かで魅力あふれる人々が、

彼女の持ち味だと思う。

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アン・ライス

アン・ライスを読んでいる。

アン・ライスといえば、トム・クルーズが主演した、

「インタヴュー ウィズ ヴァンパイア」の原作者として有名。

このヴァンパイア・レスタト シリーズも好きだが、

久々に魔女の刻シリーズを

戸袋の中から、引っ張り出してきて、読んでいる。

舞台はニューオーリンズ。

昨年とてつもないハリケーンで壊滅した

アメリカ南部の街。

アン・ライス自身も、ここに自宅があったと聞くが、

どうなったことだろう。

今度ネットで調べてみるとしよう。

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時を盗むお姐さん

前の職場のパートさんに、

なにか面白い本はない? と聞かれたので、

小野さんの、十二国記シリーズを勧めた。

人から借りたり、勧められた本って、

なかなか趣味が違って、ピンとこないことが多いと思うのだが、

幸いこのシリーズは、彼女の嗜好に合ったようだ。

すでに2作を読み終え、次に入る、と言っていたから、

本人も述べているように、

ほぼハマッタ、と言って良いだろう。

小野フリークの私としては、しめしめ、してやったり。

しかし、家事に仕事に、相当忙しい筈だのに、

いったいいつ本を読む時間があるのだろう。

意外と時間を盗む達人なのかもしれない。

ちょっと見直した感じ。

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最近の文庫って1000円もするのね

ライダ・モアハウス とかいう人の06092723dsc00386

「アークエンジェル・プロトコル」(ハヤカワ文庫)

を読んだ。

近未来の三次大戦後のニューヨークが舞台。

人々は脳に直結する端末によって、

実世界以上に、

仮想空間に自身の実存をゆだねている。

そのネット上に、いわゆる天使と呼ばれる者達が

現われるようになり、、、彼らの真偽をめぐって、

名うてのハッカーで元警官の、私立探偵(美貌の!)が、

翻弄されつつたどり着いた真実とは!

という具合です。

続編も3作。(まだ翻訳されていないが)

どう考えても、「攻殻機動隊」を見てるね、作者は。

あとアン・ライスのレスタト・シリーズの最終巻、

「悪魔メムノック」の影響も感じる。

とりあえず、わりといい出来です。

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ニューヨークの魔法使わない?

シャンナ・スウェンドソン著 「ニューヨークの魔法使い」

という本を読んだ。

いちばんの趣向は、

主人公の女性が、まったく魔法の資質がないということ。

作中では、この「まったくない」が、06092423dsc00385

希少な才能としてピックップされている。

なんだかのほほんとした、文章・展開で、

人によっては物足らなく感じるだろうが、

不必要なテンションを強いないという点で、

私的には、Good な出来栄え。

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不思議な少年

山下和美さんの「不思議な少年」の5巻が出た。

時を飛び越え、不死であり、自身の姿を変えられる(男にも女にも)

1人の少年を狂言回しに、

人々の、人生のはかなくも逞しい一こまを、

見事に描きだしている秀作。

日本では手塚治虫という不世出の存在のおかげで、

このコマ割の、連続する絵を用いた表現媒体が、

何世紀にもわたる人類の財産ともいえる、06090922dsc00269

文字を主に使用した文化遺産に

匹敵するものになりつつあるのだと思う。

そういえばヒエログリフだって、

ほとんど絵のようなものだし、

事実絵文字だし、言ってみれば漫画の原点みたいなものだ。

代表作のひとつ、「天才柳沢教授の生活」は

松本幸四郎さんの主役でTVドラマにもなった。

(見なかったけど)

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屍鬼読了

「屍鬼」を読み終えた。

最初の1・2巻は苦痛だけど、

それから先はいっきに読み通せる。

しかし、ほんと死体ばっかり。

書いているほうも、きっとうんざりしたことだろう。

冒頭のフレーズ、

「村は死によって包囲されている」

そのままの内容。

いっそ静信(せいしん)と沙子(すなこ)の

ラブ・サスペンスにすれば好かったものを。

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