日曜に地元の道場の納会。
土曜の夜にマスターが送ってくれたに違いない遠隔パワーで
一時軽くなっていた腰は、やはり重い。
エネルギー的な情報は伝わるのは早いけど、
それが身体に定着するのには時間が掛かるし、
多くの場合は、一過性のもので終わる。
往々にして、治さなくてはならないのは、患部ではなく、
その人自身であるから。
さて不思議なもので、生中(ビール)を2杯も呑むと、
まるで治ったかと思えるような腰の感覚。
酔って麻痺するのか、筋肉が緩むのか、
両方かもしれない。
やはり膝に持病を持つ先生に、今なら稽古できそうなくらい楽です、
と言うと、(そう)だろう、とのお答え。
なるほど、稽古前に一杯やるのも一案か。。。
(莫迦なこといっちゃあいけない)
*
月曜の朝は起き上がりが楽だった。
日曜と月曜の夜を境に、急に腰の筋肉の張りが薄れてきた。
うむむ、マスターの“治療”が効いたかな。
着けているとかえって痛いコルセットをはずし、
とにかく冷やさないようにカイロを張り、湿布して、ご出勤。
昔稽古仲間だった整体の方に、ぎっくり腰は温めた方がいいと伺っていたので、
試しに試供品の温シップをパクッて張ってみると、
これがなかなかいい具合。
治療としては、あと腰の筋肉を緩めるために、
かかとかどこかのマッサージをするという話だったが、
むろん私にそんな技術はない。
温シップの上にカイロを張って、家でカラパンのインフラレッドをあてて、
あとは祈るだけ。
*
火曜に洋食屋さんへご報告に行った。
奥さんが、どうですか、だいぶ気にしてるみたいですよ、と仰る。
で、おかげさまで随分楽になりました、とマスターに伝えた。
そうですか、良かった。まわった感じがしたから、とマスター。
ご飯を食べて、お客さんもその後来なくて、
マスターが今習っているという整体(?)の
なにやら怪しげな技法についての話になって、
じゃあちょうどいいから、これやってみようということになった。
カラパンでも使うパルペータ(つぼを探す金属の棒のようなもの)の先端を
火であぶって温めて、足と手をサッサッサッと走らせる。
たったこれだけなのだけれど、やってもらって、妙に身体が軽くなり、
腰も軽くなり、、、これなら自分でもできるかと興味津々。
もっともお昼休憩のあと、効きすぎたのか(カラパンの後みたいに)
頭がぼおっとして、身体もぐったりになって、
レジであやうく釣銭を間違えそうになった。
*
右腰にまだ痛みは残る。
しかし直後のような、生きているのでさえつらい、
という状態をとうに脱して、
気をつけてさえいれば、
日常的な動作をそれなりにこなせるようになってきた。
前屈も半分くらいOK。
長く坐っていて、立ち上がるとき、ちょっと、うっ、とくる。
さて、問題は21日に間に合うか、ということ。
これは21日になってみないと判らない。
*
興味を抱いていただいた方もいるみたいなので、
某地方都市(?)の駅前にある洋食屋さんのマスターについて言うと、
おそらく彼は、もともと整体師でそのあといろいろやった人の
(レイキとか、ほかのちょっと怪しげなもの)
勉強会のようなものに興味があって、参加している方だと思う。
効果はあるのかと聞かれれば、確かにあると思う。
ただし実感には人によって大きく差があるだろう。
前述したように、エネルギーレベルの伝達は早いけど
それが身体に身につくのには時間が掛かるし、
定着も難しい。
エネルギー上の情報の伝わりにすみやかな人であればあるほど、
ああいう施術は効果をもたらし易い。
しかしいずれにせよ時間は掛かるし、それ以外の気配りも不可欠だし、
また治ったからといって、以前と同じようにしていたのでは、
またいずれ痛めることは見えている。
病気は外傷も含めて、その人に対する何らかのメッセージであると
とらえるなら、例えばこの腰痛にどんなメッセージがあるのか、
それを理解することも、治療することと同じくらい重要だし、
またそれこそ治療であるともいえると思う。
メッセージなんていうと、なにやら深遠なもののように聞こえるけれど、
意外と単純かもしれない。
私に関して言えば、一人で仕事を抱え込まないこと、
というメッセージが、そこにある。
倉庫の整理、品出しが腰を痛めたおおもとの原因。
完璧主義者のプライドを諦める、というメッセージもある。
判っていても、なかなか、、、というのもまた、人間らしくて良いではないか。
21日の稽古もできれば頑張りたいが、それもまた欲である、とも言える。
無理をせず、体の調子を聞いて、出来ることをやる。
これがほんと、難しいことなのだ。