ラジオ体操

毎朝6時25分。

Eテレでテレビ体操が始まる。

みんなの体操で体をほぐし、

かんたんなストレッチをやり、

ラジオ体操の第一と第二を日替わりでやる。

今どきラジオ体操。

いえいえ、これがなかなか、なのである。

ちゃんとやるラジオ体操がいかにハードであることか。

見本の体操おねぇさんたちの、あの素晴らしさ。

身も心も清々しく、一日が始まると思いきや、

遅番の日は体操やって、また布団に逆戻り。

まあ、そんなもんです。

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コマーシャル以上の、でした。

気になっていた、洗濯機の洗浄をした。

市販の洗浄剤を入れて数時間放置。

その後ワンサイクル、洗い、すすぎ、脱水して、

ピーピーと終わったので、覘いてみると、

げ、洗濯層の下に、ごみというか、汚れた垢が、

取りきれずに付着してる。

もちろん網にはこんもりと、垢の山。

見えない裏側に、汚れが付着していることは

もちろん知っていたし、テレビなどでも時折見ていたが、

まさかねぇ、毎日使っている自分とこのが、

こんなにも、とは。。。

もう一度洗いとすすぎの工程を経て、

とりあえず完了。

まあ、もう一回、洗浄剤で洗ったほうが良さそうだ。

買い替えるのは簡単だが、

使える間は大事に使いたい。

これからは半年に一度、洗浄しよう。

そう思った。

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障子の貼り替え

障子の貼り替えをやった。

野良猫の侵入で、母の部屋の障子が

びりびりになってしまった。

一か所破れているところがあったので、

そこだけ直そうと考えていたのだが、

全部やれ、という母からのご命令かもしれない。

立てつけが悪いのか、外すのに手間がかかった。

昼前に初めて、終わったのは5時。

途中1時間休憩したから、

1枚につき1時間。

そんなにかかったか。

疲れた。

5時、すでに外は真っ暗。

乾ききらない障子戸をはめ直して終了。

やっぱりいいもんだなぁ。

ごくろうさま、という声が聞こえたような。。。

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にゃあ~ね

猫が死んだ。

うちに入り込んで、10数年。

今までいちばん私にしつこく、懐いていた。

どこへいってもにゃあ~。

帰ってきたらすぐさまにゃ~。

なにはともあれにゃ~。

椅子に座れば、だっこしてにゃ~。

逝ってしまった。

今も声が聞こえる。

気配がある。

猫に介護という概念はない。

最後の前日の晩まで、二階に自力で上がってきて、

だっこしてにゃ~。

今までほんとうにありがとう。

冥福を祈るにゃあ~cat

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パイレーツ・オブ・カリビアン 生命の泉

先日ブルーレイで発売された、

「パイレーツ・オブ・カリビアン 生命の泉」を見た。

前シリーズのオーランド・ブルームとキーラ・ナイトレイは卒業。

新たにペネロペ・クルスが加わった。

ジョニー・デップの怪演は相変わらず、

映像も見事。

テンポも悪くない。

ただ肝心の生命の泉の設定が、ちと安直ではないか?

そのため全体の印象がなんとなく、なんとなくである。

悩める神父と人魚の恋もいいが、やや中途半端。

面白く見れるけど、イマイチだと感じた。

で、欲求不満になって、第1作を見直した。

もしかして、これが狙いか??

(ジャック・スパロウのパパのシーンは面白いアイデアだと思った。)

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闇戦国再び

tokyo mx TVで炎の蜃気楼が再放送されている。

戦国武将たちが現世に繰り広げる、闇戦国の戦い。

そして死して軍神と化した義の武将、上杉謙信の命を受け、

400年もの間、還生し、死者を浄霊し続ける宿命を得た

上杉夜叉衆、上杉景虎と直江信綱をめぐる、

愛というにはあまりにあまりな関係。

この二つの、内と外の闘いが二本の柱である。

なんのこっちゃ?

まあ、確かに。

原作は文庫本で、何冊だったか、20冊以上はあった。

アニメはほんの序章で終了。

OVAも三作のみと、尻切れトンボで終わってしまった。

これ以上踏み込むと収拾がつかなくなるとの判断は、

たぶん正しい。

しかしこうして熱が去って見直してみると、

思いの外、“いいんじゃないの”

日本アニメ界の、闇歴史に確かに足跡を得ていると思う。

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マリア・カラス

何の気なしに、youtubeを検索していて、

たまたまマリア・カラスを聴いた。

名声ばかり高い、エキセントリックなオペラ歌手、

そんな認識しかなかった。

いったい、自分は、声楽の何を理解していたというのだろう。

確かに、今どきのピュアヴォイスのディーバ達、

ヘイリー・ウェステンラやサラ・ブライトマンなどに比べれば、

ほとんどだみ声といっていいような声質かもしれない。

しかし、これは 本物だ!

綺麗な声は、確かにいい。

しかし、ものの2曲と聞いていられない。

綺麗なだけで、単調。

飽きる。

マリア・カラスは、生々しい。

激しく、気高く、傷だらけの、人生そのもの。

醜い情動さえ、美しいのではないか。

エリザベート・シュヴァルツコップですらかなわない、

テクニックを越えた、歌い手そのものの姿がここにある。

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やっぱ、これでしょう

久々に米を炊こうと思い、

貯蔵してあった玄米の袋を覗いたら、

蟲がうじゃうじゃ、、、

身の毛もよだつ、この戦慄。

その日のうちにごみ出しして、

おー神よ、我を救いたまえ。

気を取り直して、近くのスーパーで小さい袋で買った。

魚沼産こしひかり。やや高め。

さて、これを炊いてみたところ、

うまい!!

んな、わざわざ玄米で買って脱穀したり、

産地から取り寄せたりしなくとも、

こんな近場で、普通に手に入るものが、

まさにこれ、だったりする。

この味、食べさせてあげたかったなぁ。

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ピアノの調律師

ピアノの調律師が来た。

おそらく30年以上、一年に一回、この時期にやってくる。

実際はもう一月早い筈だった。

母の49日が終わるまで待ってもらった。

さすがにお骨のある前で、ジャンジャンやるわけにはいかない。

前日にお茶菓子などを買いながら、

毎年何にしようかと、母が言っていたのを思い出す。

さて当日、改めて顔を見ると、記憶以上にお年を召している。

むろん、先方も私を見て、年月というものに

感慨を覚えているに違いない。

調律が終わって、挽きたてのコーヒーを出した。

確かミルクと砂糖を使うと思っていた通り、

やあ、ミルクは全部入れた!

急遽買っておいて正解だった。

思いのほか音楽の話で盛り上がった。

昨今クラシックの話が通じる人は少ない。

ちょっと心温まるものを覚えながら、お見送りした。

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通った道すらわからない

生真面目さというのもひとつの病気で、

私は確かに自分の中に、そういう面を持っているなと自覚している。

気になることがあると視界が狭まって、

四六時中そのことにかかりっきりになってしまう。

今はというと、母逝去後の、その後手続きのことで、

ほぼ視界が埋まっている。

純粋にそのこと、というより、

如何にスマートに自分がやり遂げるか、という妄想で。

たとえゴールが一緒でも、そうすることが正しくとも、

実のところ結果より、過程での在り様が大事だと思う。

と頭では思っても、実際のリアリティーがそこにないと知るのは、

実につらいことでもある。

だいたいこういう理屈っぽいことを書いていることすら、

まともなようで、だいぶお疲れなのでないか、

些かイカれているのではないかと我が身を顧みたくなる。

四十九日の手配を除けば、だいぶ手続きもめどがついた。

あともう少しかな。

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